働き方のヒント

いまいち自分の頑張りが報われていない気がしている人へ。そのストレスの解消の一助を考察しています

サービスサイエンスを使って、6つの視点から業務能力を分析する方法

サービスサイエンスという概念があります。「サービス」というものを体系化し分析することで、サービスの向上を図ろうとする学問分野のことで、かのIBMが提唱した概念です(詳細はWikipediaなどを参照)。つまりは、お店など社会全般のサービスをより良くするための概念・学問体系ですが、この概念で「従業員個人」を見ると、その人の業務能力の分析ができます。

我々社会人は、何らかのサービスをしているわけですがこの「サービス」なるものの実体は目に見え難く解りにくいものであるといえます。しかしサービスサイエンスに基づき、「個人がやっているサービス(仕事)」を分析することで、取り組みを「見える化」できるのです。どのように「見える化」するか。以下の6つの視点で分解します。

【業務能力分析の6つの視点】

●正確性
→どれだけ正確に行えるか

●迅速性
→どれだけスピード感のある対応を取れるか

●共感性
→要望をどれだけ読み取れることができるか

●柔軟性
→要望の変化にどれだけ柔軟に対応できるか

●安心感
→不安を抱える人にどれだけその不安を払拭することができるか

●好印象
→どれだけ不快な印象を与えないか

業界・職種は違えど、結局サービスというのは以上の6つの要素に集約されます。この視点を外すと、自分は良かれと思っているサービス(日々の仕事)は、「余計な御世話」や「斜め上のサービス」となってしまう可能性が高いです。

チームのメンバーへ評価指針とすることもでき、かつ自身の働き方の棚卸、自己分析にも使える、サービスサイエンスをうまく取り込んで、日々の仕事に活かしていきたいものです。

 

【合わせて読んでほしい、働き方のヒント】 

「マジメで有能」と思っていたら「マジメで無能」だった。どうするか。

印象がとても真面目そうなのに、実際はあまり仕事ができない(以下、「マジメ系無能」と呼びます)人って結構多くいると感じます。流行語として「真面目系クズ」なんて呼び方もされているようです。

 

「マジメ系無能」の有能なところ

 

「マジメ系無能」な人の主な特徴は以下のようなところでしょうか。
・人当たりはとても良く、話の受け答えもしっかりしている。が、話の内容は理解していない(きちんと話を聞いている印象なので、相手は理解していると誤解してしまう)
・物事へ取り組む姿勢が、とても誠実・真面目である。が、一人で仕事を抱え込み、パンクしてしまったり、完結できなかったりする(周囲に迷惑かけまいと気を使った結果だが、結果的に迷惑かけてしまう)

「マジメ系無能」は「真面目系クズ」という言葉とほぼ同義なので、詳しい特徴は他ブログなどを参照してもらうとして、この「マジメ系無能」の注目すべき点は「相手に良い印象を与えることにとても特化している」点ではないかと考えます。

「マジメ系無能」に近しいものとして、「マジメで有能」という人もいます。2者の違いは「能力」の違いで、「マジメ系無能」と「マジメで有能」を区別するというのは非常に困難です。人の能力というものは点数など客観的な数値化でもしない限り、短時間で把握することなどできず、本来は時間をかけてじっくり第三者が把握するものであると思います。しかしその能力がはっきりするまでは、その人の印象が能力判断の大きな鍵となるわけで、とっつきにくくもジワジワとその能力を知らしめる「マジメで有能」な人よりも、印象操作に長けている分「マジメ系無能」な人の方が、有能に感じてしまうこともあると思うのです。

 

期待していたマジメな人が無能だったとき、どのように対処すれば良いのか

 

良い印象を与えることで「有能」を装う「マジメ系無能」な人ですが、いつかは無能であることはバレてしまいます。

「マジメで有能」と思っていたら、「マジメ系無能」だった。その事実を悟ってしまった時、非常にガッカリすると思います。もしかしたらその人に嫌悪感すら覚えるかもしれません。しかしそれは過度な期待からくるものであり、実力を見誤ったことがそもそもの原因で、一方的に落胆し嫌うというのではなく、期待と実力のギャップを埋める作業をするべきではないでしょうか。つまり、期待しないで、真の実力を冷静に見極めればよいのです。

 

「マジメ系無能」の活かし方

 

マジメ系無能は「嫌われたくない」とか「面倒に巻き込まれたくない」といった”事なかれ主義”が心理の根底にあり、自分が嫌われることや面倒に巻き込まれることからの自己防衛の手段として、マジメ風に装っているのです。

「あ、この人マジメ系無能かも」と感じてしまった時、どのようにして真の実力を判断していくのか。たとえば何かの説明をした時、マジメ系無能はわかっていなくても「わかりました」といってしまうので、本当にわかっているのか確認したり、こちらが何かを指摘した時、曖昧な返答で適当に取り繕う姿勢を感じたら、その曖昧な言葉に突っ込んでその意味する所を明確にさせるといいた方法が有効ではないかと思います。

「マジメ系無能」の発言行動に密かに疑いの目を持ち、冷静にその真の実力を見極めるのです、あくまで優しく、キツく接しないように…キツく接すると自己防衛の為、マジメ風が加速してしまいます。

「マジメ系無能」は本性を隠そうとしますが、そもそも自分の主義主張はあまりない人が多いように思えます。なので視点を変えると、とても扱いやすい人間であるという見方もでき、うまく矯正して、本来の実力内で仕事をやらせれば、元々の印象操作の上手さと相まって「マジメ系無能」は「マジメ系有能」にすることができるはずと思うのです。 

嫌うのは簡単ですが、「マジメ系無能」は悪ではないと思います。できれば上手く使いこなしたいところです。

 

合わせて読んでほしい「伝え方のヒント」

「公式」と「非公式」2つの組織コミュニケーション。公式コミュニケーションは「結果発表」にすぎず、非公式コミュニケーションが仕事の改善・発展に寄与している。だから非公式コミュニケーションを重視すべきと思います。

組織のコミュニケーションは2つに分類できると言われています。

 

1つめは「公式コミュニケーション」です。例えば、
・業務連絡や情報共有
・業務命令
・周囲に知らしめるための正式な通達
といった、発信のために事前の段取りが踏まれた、公式に伝えなければならない情報です。

もう1つは「非公式コミュニケーション」です。公式コミュニケーションでは伝えづらい内容を伝えること、例えば
・ブレスト的な思いつきの提案
・日々のなにげない相談
・業務に関わる未確定な話、未確定だけど事前に周知しておきたい話
・ちょっとした噂
といった、偶発的に行われる、いわば雑談レベルの情報交換の類です。

「公式コミュニケーション」はすでに確定した情報が多いですが、「非公式コミュニケーション」は未確認や雑談レベルではあれど「活きた情報」であることも多く、新たなアイデアに結びつくこともあり、この2つの組織コミュニケーションをバランスよく扱うことで、組織が円滑に機能することができるのです。2者の性質の違いは「結果発表」か「事前の周知・根回し」か、という事になりますが、例えば、ある重大決定の発表(公式コミュニケーション)があったとして、いきなり伝えられるよりは事前に意見を聞いたり周知(非公式コミュニケーション)しておいたほうが、発表後の混乱・反発が少ないということもあり、周囲に公式に知らしめる役割の公式コミュニケーションは不可欠なものでありますが、重視すべきは「非公式コミュニケーション」ではないかと僕は考えます。

 

非公式コミュニケーションの重要な役目「あらたなアイデアのきっかけ」

 

経験上、職場で非公式コミュニケーションが足りない人は「自分の役割だけをしていれば良い」とか、「人間関係って面倒臭い(そもそもコミュニケーションとるのが苦手)」なんて人が多いのではなかと思います。 確かに与えられた仕事をそつなくこなしていれば、上司の覚えよく問題も起きないでしょうが、非公式コミュニケーションをおろそかにしていると、業務の発展や改善することは難しくなると思います。仕事のやり方が自分流もしくは上司からの指示にとらわれてしまい、柔軟な発想ができなくなってしまうからです。
日々の雑談の中で、業務の改善につながるヒントとなる会話が出てくるのはよくある事です。非公式コミュニケーションは凝り固まった思考から解放してくれる性質も持っていると思うのです。

 

公式コミュニケーションは比較的簡単で、非公式コミュニケーションは難しい?

 

 公式コミュニケーションは組織ルールに基づいて適切に手続きをとれれば、その仕組み(職位に基づく情報伝達網)を作ることは比較的容易であると言えますが、非公式コミュニケーションをとるには個々の人間関係や人脈のパイプの太さに依る所が大きく、コミュニケーションとれば、必要十分な質の高い情報が集まるとは限らず、また質のよい情報の集まる先は職位が高い方ではないという事が非公式コミュニケーションの難しい所ではないかと思います。

 

非公式コミュニケーションを強化するにはどうすればよいか

 

定期的に雑談できるきっかけが有れば良いのですが、無いのであれば自ら作り出すしかありません。ちなみに会社の各種歓迎会や会議は、事前の段取りが踏まれた公式コミュニケーションに分類されます。日々の業務で偶発的に行われる、雑談レベルの情報交換ができる機会というと…

・お昼を一緒に食べる
・タバコを一緒にすう
・外出や帰宅方向が同じ方向ならご一緒する
・ちょっと一杯飲みにいく

休憩時間の終了や電車の乗り換え駅に到着、たばこの吸い終わりといった、強制的な終わりがあるイベントであるといえるかも。

もし機会を作っても話す内容はお天気の話や世間話といった当たり障りのない、うすーい会話ばかりです(仕事の話ばかりされても重すぎて敬遠される)。しかし定期的かつ継続的に続けていれば、実のない話ばかりでも、距離は確実に縮まってきます。
新しいアイデアの元となる雑談は実のない会話から生まれてくるものであると思うのです。

 

仕事の発展や改善につながる情報交換の機会、非公式コミュニケーション。その機会を自ら逃しているのは本当にもったいないことであると思います。昼食を同僚と一緒にとることは有効であると思いますが、日々の少ない小遣いで毎日外食は厳しい人もいるでしょう。それでもたまには同僚とランチをしてほしいと思います。貴重な情報を得る機会喪失を考えると数百円のランチ代はただの食費ではなく、投資であると考えることができると思います。

 

【合わせて読んでほしい、伝え方のヒント】

 

 

職場の自席の近くに「操り人形のようなリーダー」がいて、非常に興味深く観察しています

職場の自席の近くに「操り人形のようなリーダー」がいて、非常に興味深く観察しています。

人の上に立つ者は人柄が重要であると聞いたことがあります。まったくその通りと思いますが、この「人柄」ってやつですが、最近、操り人形のようなリーダーを見ているとこの人を採用した人事担当は「人柄≒優しい≒従順≒気弱≒扱いやすい」と考えているような気がしてしかたありません。リーダーに必要な人柄ってのはきっと「目標に導く賢さや強さ」なのではないかと思うのです。

 

アドバイス通りにしか動けないリーダー=操り人形のようなリーダー

 

チームを率いるべきリーダーが、チームとしての意思決定や行動を考える時、上司や周囲の人に相談することはよくあることです。

仕事でのアドバイスは本来ありがたい貴重なご意見であるはずですが、この「アドバイス」は、問題解決のための適切で賢明な意見であったり、アドバイスという名の体の良い命令に近い事もあったりして、その時々で種類が異なることがあるというのが、すこし厄介なものであると思います。

それはそれでリーダーがアドバイスをよく吟味し、最適な行動をすればよいわけですが、残念なことにそれができないリーダーもいます。アドバイス通りにしか動かないリーダーがいるのです(うまくいかなかったらアドバイザーの発言であることをほのめかしたりすることもある)。こんなリーダーは本当に残念極まりないし、リーダーとして適切な意思決定など出来る訳ないのです。

  

〈参考に読んでほしい「伝え方のヒント」〉

 

アドバイス通りにしか動かないリーダーは本当のリーダーと言える事ができるでしょうか。そんな人はリーダーではなく、ただの操り人形でしかありません。結局はリーダー自身の考えが大事で、アドバイスを「自分の考え」というフィルターにかけ、考える作業をしていないから、結果的にアドバイス通りにしか行動できないのだと思います。

「自分の考え」のフィルターにかけて行動した結果、反発する人はいるかもしれません。しかしそれは当然のことで、それをまとめていくこと(もしくは戦うこと)がリーダーの役割であると思います。自分の考えを通すためなら多少の反発も覚悟の上で頑張れるかもしれませんが、そこを回避して安易に選択したアドバイス通りの行動に対する反発は、大変辛いものであると思います。なぜなら人から言われてやっているだけで、そこには自分の考えなんてないからです(内心自分もアドバイスが間違っていると思いながら行動してたりすると、なお辛いと思う)。

 

考えや意思のないリーダーは必要か?

 

操り人形なリーダーも一生懸命頑張っているのだから、そんな操り人形のためにチームの意思決定は職位上位者の合議制にして、操り人形リーダーはその決定にしたがい実行する体制にすればよいのでしょうか。会社としても扱いやすい方が、なにかと便利かもしれませんが、それで良いわけはなく、現場もしくは問題に直面しているリーダーが自身の考えをもってスピーディーかつ適切な行動をすべきで、それができないのであれば、リーダーの立場からさっさと降ろして、他の適任者に早々に譲るべきでしょう。そのほうが、リーダーに関わる人みんなが仕事がしやすくなると思います(意思決定に関わることになる職位上位者もその方が楽なはず)。

 

自身が「操り人形のようなリーダー」であると悟ったとき、どうするか。自ら降りてもらうのが潔いですが、そのときは操られるのが身に染み込んでいるので、本物の操り人形のように、自らの考えで行動するという発想が欠落していて、そもそも悟ることが困難かもしれません。

チームを運営するにあたり、「リーダー」というポジションは必要不可欠です。そのポジションに位置する人が、リーダーして有能であれば最高ですが、無能であっても形だけの「リーダー役」として有用であることも確かなことで、無能であれば「操り人形」として扱えがチーム運営としては事足りるのです。

そう考えると「操り人形のようなリーダー」は非常に可哀想な人であるとも思えてきますが、もし、操り人形が上手く機能していないようなら、それを生み出した人事担当が責任を持ってリーダーとして適切な「自分の考え」を持たす再教育をするか、退場させるのが筋なのかもしれません。

 

【合わせて読んでほしい、伝え方のヒント】

 

「予見可能性」と「回避可能性」という視点で、ミスした人に公平な視点で指導する

法律的観点から見ると、交通社会は「信頼の原則の上に成り立っています

 

普段なにげなく接している交通社会ですが、仮に運転者が勝手に右車線で走り出したり、高速道路を歩行者が勝手に横断したらどうなるでしょうか。あたりまえですが、事故が起こりやすい非常な危険な状況になります。
人であふれた渋谷のスクランブル交差点を減速せず車で通過できるのは、運転者が「歩行者みんなが〝歩行者信号が赤=横断しない〟という交通ルールを守ってくれるから、道路に侵入することはない」と信頼しているからです。もしルールを守ってくれるか信用できないのであれば、危なくて通過できないどころか、車の運転なんてできなくなります。
実際は危険な交通ルール違反をする人は極めて少なく、安全に運転や歩行する事が可能な今日の交通社会ですが、それは道を行き交う人たちがお互いに「みんなが交通ルールを守って行動してくれる」という信頼もっているからなのです。これを法律用語で「信頼の原則」といいます。

 

普段の仕事も「信頼の原則」の上に成り立っています

 

仕事と交通社会は似ていて、案件に関わる人がそれぞれの役割をしっかり果たしてくれるという信頼があるからこそ目標に向かって自分の仕事に集中できる訳で、何をするかわからないような人が関わっていたらどんなミス(事故)があるかわからないし、安全に目標に向かうなんてことはできなくなります。

 

仕事と似た性質をもつ交通社会で「事故った」時、どうなる

 

「信頼の原則」で成り立つ交通社会ですが、当然事故は起きます。そのとき重要になるのが「どこに過失(責任)があるか?」という判断です。簡単にいうと「誰がどれくらい悪いか」という事です。これにより損害賠償義務の発生や、慰謝料の支払額が決まります。「どっちが悪いとか、誰かを犯人扱いするつもりはない。信頼関係を大事にすべき。だって交通社会は「信頼の原則」で成り立っているんだから」なんて言ってくれる優しい被害者はごく稀です。

交通事故が起きた時、被疑者に問われるのが…

1.「予見可能性(交通事故が発生するような動作、相手の動きを予想できたか)」の有無。

予見可能性がないこと認められたら(不測の事態など)、被疑者は責めを負う必要なし。
もし予見可能性があったと認めれれたら…

2.「回避可能性(事故を回避できる可能性があったかどうか)」の有無。

回避可能性が認められたら
回避義務を問われ…

3.「注意義務違反(過失)=よく注意しなかった君が、幾らか悪い」

という判定になります。

仮に一方が交通ルールを守っていても、その行動に予見可能性が認められれば、ルールを守っていた方も過失を問われます。ルールさえ守っていればいい訳でもないのです。

 

仕事で「事故(ミス)った」起きた時、どうするか

 

仕事に置き換えるとどうなるか。ミスをしたと思われる人(ここではあえて「被疑者」と呼ぶ)に問うことは、

1.「予見可能性(ミスが発生するような動作、相手の動きを予想できたか)」の有無

予見可能性がないことが認められたら(不測の事態など)、被疑者は責めを負う必要なし。
もし予見可能性があったと認めれれたら…

2.「回避可能性(ミスを回避できる可能性があったかどうか)」の有無。

回避可能性が認められたら、
回避義務を問われ…

3.よく注意しなかった君が、幾らか悪い(注意義務違反)

という判定になります。

 

ミスが起きた時、原因調査や注意喚起は、やり方を間違えると信頼関係に傷がついてしまう可能性もあります。注意喚起をする人が公平な目線で注意しないなんてこともよくある話であると思います。

しかし「予見可能性」→「回避可能性」という視点で注意や指導をするようにすれば、当事者の視点を中心とした公平で客観的な調査ができ、相手も納得の指導ができます。

 

 ちなみに、交通社会では過失の割合が「10対0」、つまり片方が一方的に悪いというパターンは少ないそうで、双方が何らかの過失があって事故が起きたという結論に至るのがほとんどだそうです。

日々の仕事も、関わる全ての人が事故を起こさないよう「予見可能性(状況によってミスが起こりうる可能性を最大限に察知すること)」や「回避可能性(ミスが起きそうな時、被害が最小限になる努力をすること)」を意識しながら仕事をすれば、致命的な重大ミスは少なくなることでしょう。

 

【合わせて読んでほしい、伝え方にヒント】

【読書感想「やり抜く技術」】目標達成する方法と、リーダーとしての指導力も得られる本

人類は願望を実現することを繰り返し、進化してきました。
時間をかけて環境に適応していくことが進化ですが、自らの意思で生活環境をより良くしていく進化法は人類のみができる進化の仕方です。話が大きくなりましたが、つまり、日々の生活で大なり小なり願望(目標)を達成するための努力をすること、つまり自らの意思で、より良く生きる努力をするということは、最も人間らしい生き方ということであると言えます。

たくさんの目標を持ち、すべて順調かつ素早く達成できれば良いのですが、現実はそうはいかず、むしろ[失敗→挫折→面倒臭くなる→目標を失う〕なんてパターンに陥ることが多いのではないかと思います(自分もそう)。でも「やりたい!」と思ったことはやっぱり実現したいものです。この本は脳科学という切り口で目標達成へのプロセスを紹介した本です。

 

本書に書かれている、「やりぬく技術」を抜粋・要約すると以下のようになります。

●チャレンジすることが大事である

●チャレンジに失敗や挫折は付き物であり、その失敗こそが成長の糧となる

●目標達成した成功のイメージを具体的にする(具体的にイメージ出来ることは実現できる)

●目標達成への具体的な行動計画を立てる

●容易に達成可能なミッションを細かく設定し、目標達成へのモチベーションを維持する

●目標達成のための行動は、全て意味があることを意識し行動する

●小さな良いところをみつける

●やりっぱなしにしない、改善点をみつけて次に生かす

●自力に頼りすぎないようにする

●「わかる」と「できる」は違う。本当に理解した事だけが思考力や想像力を発展させ、目標達成への本当の行動原動力になる

●継続が大事。脳科学的に3ヶ月は続けないと習慣化されない

●過去のマイナスイメージにとらわれない

●根拠のない自信も大事。前向きに考える

●好奇心をもつ

●描いた明確な夢やビジョンを忘れない

●モチベーションが下がる理由は、

「目標達成への行動に意味を感じないから」

「目標が大きすぎるから、漠然と捉えているから」

「周りに評価されないから」

●目標達成への行動は明確な意味付けをして取り組む

●リフレーミングスキルを高めてネガテイブ要素も自分の成長や進化のためになるように捉える

●物事を小さく捉えて片付ける。必要以上に大きく捉えたり、漠然と捉えない

●安易に手っ取り早く済ませようとしない。闇雲に事を処理したり、安易な見積もりで行動しない

●目標が大きすぎると感じる時、自分が手に負えるレベルまで分解し、取り組みを確実に前進する

●マイナス思考にとらわれて現状維持を優先させる言い訳をしない

●寝る前にその日に小さな出来た事を振り返り、モチベーションをあげる

 

詳細は本書を読んでいただくとして、この本を読んで気づいたのは読み方を変えるとリーダーの指導力を鍛えるヒントが凝縮しているということです。先述の本書の抜粋について動詞を「使役の助動詞」に変えると目標達成したいリーダーのための、指導法の手引きに読むことができます。

●目標達成した成功のイメージを具体的にさせる

●目標達成への具体的な行動計画を立てさせる

●容易に達成可能なミッションを細かく設定させ、目標達成へのモチベーションを維持させる

●目標達成のための行動は、全て意味があることを意識し行動させる

●小さな良いところをみつけさせる

●やりっぱなしにさせない、改善点をみつけて次に生かせさせる

●自力に頼りすぎないようにさせる

●過去のマイナスイメージにとらわれさせない

●根拠のない自信も大事。前向きに考えさせる

●好奇心をもたせる

●描いた明確な夢やビジョンを忘れさせない

●目標達成への行動は明確な意味付けをして取り組ませる

●リフレーミングスキルを高めてネガテイブ要素も自分の成長や進化のためになるように捉えさせる

●物事を小さく捉えて片付けさせる。必要以上に大きく捉えさせたり、漠然と捉えさせない

●安易に手っ取り早く済ませようとさせない。闇雲に事を処理させたり、安易な見積もりで行動させない

●目標が大きすぎると感じる時、メンバーが手に負えるレベルまで分解させ、取り組みを確実に前進させる

●マイナス思考にとらわれて現状維持を優先させる言い訳をさせない 

このように動詞を「使役の助動詞」に変えると「やり抜かせる技術」となり、脳科学的にメンバーを導く指南書に読めてきます。このような指導をしてくれるリーダーがいたら高いモチベーションを維持しつつ、目標達成ができる気がしてきます。「理想の上司」ってこういうことをしてくれる人なのかもしれません。

 

ちなみに「やり抜かせる技術」とは逆の行動を考えると以下のようになります。

●目標達成した成功のイメージを具体的にしない

●目標達成への具体的な行動計画を立てない

●容易に達成可能なミッションを細かく設定させず、目標達成へのモチベーションを維持させることができない

●目標達成のための行動の意味を意識させようとしない

●小さな良いところが見つけられない

●やりっぱなしで、改善点を見つけず次に生かさない

●自力に頼りすぎてしまう

●過去のマイナスイメージにとらわれてしまう

●根拠のない自信をもつことができず、前向きに考えられない

●好奇心をもてない

●描いた明確な夢やビジョンを忘れてしまう

●目標達成への行動は明確な意味付けをして取り組むことができない

●リフレーミングスキルを理解できず、ネガテイブ要素を自分の成長や進化のためになるように捉えられない

●物事を必要以上に大きく捉えたり、漠然と捉えてしまう

●安易に手っ取り早く済ませようと、闇雲に事を処理したり、安易な見積もりで行動してしまう

●目標が大きすぎると感じる時、メンバーの手に負えるレベルまで分解せず、とりあえず取り組みを前進させてしまう

●マイナス思考にとらわれ、現状維持を優先させる言い訳をしてしまう 

 …個人的に今まで自分がお世話になった職位上位者の人たちは上記のような人が多かったかもしれません。どうりで上位者の人たちの話や指示になんとなく違和感を感じながら仕事をしていたわけだ。

 「理想のリーダー」になりたい人、「ダメなリーダー」になりたくない人にもぜひ読んでもらいたい、そんな一冊。

 

 【おすすめ図書】

 

 


 【あわせて読んでほしい、伝え方のヒント】

【読書感想「進次郎メソッド」】結局、ニーズの捉え方のセンスが重要

テレビなど小泉進次郎さんの発言をを見ていると、その言葉に他の政治家とは違う何かを感じます。人を惹きつけるなにかがあるというか、納得感があるというか、みどころがあると思わせるというか…その秘密はなんだろうか、その一端がわかればいいなとこの本を手に取りました。(特別に小泉さんを支持している訳ではないですが…)

この本は政治家論ではなく、小泉さんのこれまでの発言や行動から見えてきた小泉流人間関係術が書かれた本です。この本が他の自己啓発本と異なるところは、小泉さんの発言がそのまま記載されている所で、仕事で使えそうな言葉の言い回しも多数「収録」されていいて、個人的に大変参考になる本でした。「出来なかった時の避難を事前に封じ、やる気をアピールする言い方」はすぐに仕事にも使えそうです。

新卒の人や転職・異動して日が浅い人、組織を牽引する人・そんな立場を志す人、20代30代あたりの人が読むと良いのではないかと思う一冊。

 

この本を読んで思った、小泉さんが人気がある理由。
本書に以下のような分析があります。

進次郎には常に「実績」がついてまわる。スタンドプレーでもなければ、パフォーマンスでもない。まして、打算でも人気取りでもない。
「いま、何をやれば人々に喜ばれるか」
「何をすれば役に立つか」
という視点で行動するため、結果として世間にアピールすることになる。
(メソッド10「どんな偉業も知られてなんぼ」)

「いま、何をやれば人々に喜ばれるか」「何をすれば役に立つか」。小泉さんに限らず、このような視点をもっている人は多いと思いますが、悲しいことにこの視点で行動した結果、「よけいなお世話」や「斜め上な行動」になってしまうこともよくある話で、相手のニーズをいかに的確に捉えるかが重要といえます。小泉さんはこの点においてニーズの捉え方が非常にセンスが良い人なんだと思う。だから、小泉さんは人気があるのでしょう。

「ニーズの捉え方のセンス」政治家だけでなく、あらゆる分野や場面で必要なものであると思います。自分もこのブログを通じてセンスを磨いていきたいものです。

 【おすすめ図書】

 【あわせて読んでほしい、伝え方のヒント】

「必要最低限な業務連絡があり、黙々と無駄なく仕事をこなすメンバーで構成されたチーム」と「日頃から雑談が多く、業務に関わらずメンバー全員がざっくばらんに色々話せるチーム」、どちらが生産性が高いか

「必要最低限な業務連絡があり、黙々と無駄なく仕事をこなすメンバーで構成されたチーム」と「日頃から雑談が多く、業務に関わらずメンバー全員がざっくばらんに色々話せるチーム」どちらが生産性が高いでしょうか。前者の方が生産性が高い気もしますが、Googleの研究によると後者になります。

 

Googleが発見した、生産性が高いチームが持つ共通のパターンは「心理的安全性」

 

2012年、Googleは自社の何百ものチームを調査し、生産性が高いチームが持つ共通のパターンを追求すべく、Aristotleというコードネームのプロジェクトに着手しました。

検証の結果、生産性の高いチームに見られる共通パターンは

・最高の人材のみで構成されている
・チームで働く事に、同じメリットを感じるメンバーで構成されている
・報酬が良い
・メンバーは仕事外でも交流していて、同様の趣味を持っている
・メンバーの学歴が同じレベル
・特定の人格タイプやスキル、背景をもっている
・強力なリーダーシップを発揮する人物に統率されている
・しっかりとしたルールがある

 

…ではなく、

 

他者への心遣いや同情、配慮や共感といった「心理的安全性」の部分でうまくいっているという事でした。

 

冗談交じりの会話をしていることも多いが、話し合いは日頃から活発に行い、仕事のことだけではなく、個人的な話や感情も分かちあっていて、誰もがリラックスして活力を感じることができるチームが、成功したチームに共通して見られたパターンでした。
メンバーがお互いの人格やその背景を認め合っていて、不信感もなく心を開いている事が重要というのは、納得がいくものであると思います。 

 世界的な経営学者エイミー エドモンドソン教授は、スピーチフォーラムのTEDにおいて、この「心理的安全性」についてあるチームの定義として「懸念・疑問・ミスなどを声に出しても大丈夫」という信頼感があるかどうかで決まる。と語っています。

 

メンバー全員が気軽にざっくばらんに色々話せる環境がいい仕事を作り出す

 

Edmondson教授が「心理的な安全性」の重要さに気づいたのは、専門治療を行う病院における医療過誤の頻度の調査に参加した時。看護師と医師から構成される調査チームでは人為的ミスによる調剤過誤のデータを集めており(中略)調査当初、Edmondson教授は「いいチームは過誤の報告数が少ない」という予想を抱いていましたが、調査結果を分析したところ、当初の予想とは全く逆の「いいチームほど過誤を報告する」ということが判明したとのこと。このことから、「よいチームであるほど医師と看護師の間でダブルチェックが行われ、過誤についての話し合いが行われている」のだとEdmondson教授は考えました。(引用元:職場を崩壊させないために必要な「心理的安全性」を作り出す方法 - GIGAZINE

エドモンドソン教授は、対人関係にリスクがとれ、前向きに学習できる職場が「心理的安全性がある職場」と言えると語っています。

 

ミスの大小に関わらず活発な報連相や意見交換があると、細かい修正がしやすいので、ミスの顕在化は多いけれども結果的に大きいミスがなく、チームの運営システムとしては強固なものができると思います。

「こんなこと言ったら、バカにされるかなぁ」とか、「あの問題は大したことないから、言わなくていいや」ではなく、ざっくばらんにみんなで情報を共有し、少しずつ増やされたチームの知見はいつしか大きな力となって、チームを成功に導いてくれるのだと思います。

また「チームの目標に向かってみんなで学習していこう」と頻繁に勉強会を開くというのではなく、肩肘張らないで、自然発生的に雑談の延長から情報交換が出来る、そんなチームの雰囲気を醸成していくことが、「心理的安全性のある職場」を作るのに大事な事であると思うのです。

 

ちなみに心理的安全性があるチームを作るために、要注意な人物はこんな人

 

エドモンドソン教授はもう一つ興味深いことを述べています。それは「自己印象操作」というもので、自分を無知で無能な人に見せないための解決策は非常に簡単であると述べています。

 多くの人が、自分のことを賢明で役に立ちポジティブな人だと思われたいと願っています。自分を無知で無能な人に見せないための解決策は非常に簡単。つまり、無知だと思われないためには「質問をしない」、無能だと思われないためには「間違いや弱点を認めない」、押しつけがましいと思われないためには「アイデアを出さない」、ネガティブだと思われないためには「現状を批判しない」というような行動を取ればよいのです。(引用元:職場を崩壊させないために必要な「心理的安全性」を作り出す方法 - GIGAZINE

この「自己印象操作」という心理学的テクニック、大人なら一度はやった事があるのではないでしょうか。社会人たるもの「その場を上手くしのぐ、やりすごす」ための術を心得ておく事は必要で、「心理的安全性」のあるチームにするために、「自己印象操作」は必要なのではないかとすら思えます。

 人間関係に波風立てない・自己保身に優れた術である「自己印象操作」。

エドモンドソン教授が示す「自分を無知で無能な人に見せないための解決策」のポイントを我々の日常の場面で考えると以下のような人のことでしょうか…

・「質問をしない」→よくわかっていないのに「わかりました」といい、従順な印象をアピールする

・「間違いや弱点を認めない」→とにかく言い訳が多い。

・「アイデアを出さない」→現状維持が何より大事で、何かを改善しようとする意思が見られない。指示待ちが多い。

・「現状を批判しない」→話をあわせようと相槌が多く、自分の考えを一切言わない。

 

この様な人はどの職場にもいるもので「その場の空気」を悪くしないため、その様な行動を取るのは理解できますし、その行動を否定するつもりはありません(自分もちょくちょくやってしまいます)。自分の周りにも「自己印象操作」が多い人っています。その人達を思い返してみると確かに無知で無能な人には見えないですが、人間的に面白みがないと感じます。そして「自己印象操作」が多い人が「対人関係にリスクがとり、前向きに学習できる」とは到底思えません。もし「心理的安全性がある職場」を構築したいのであれば「自己印象操作」が日頃多いと感じる人の扱いかたには注意が必要でしょう。

 

 【これも読んでほしい、伝え方のヒント】

仕事ができる「いい人」と仕事ができない「いい人」、何が違う?

「仕事はできるけど、(性格が)キツイ」人はおそらくどの職場にもいます。(逆に、「いい人なんだけど、仕事ができない」人もいます)

個人的には、仕事ができるが人間性に何かが欠落しているような人は少ないと感じます。むしろ仕事ができない人に人間性の欠落を感じる事が多いです。

また仕事ができる人の特徴として、コミュニケーション能力が高い事が挙げられますが、(ここでいうコミュニケーション能力とは、(軽微な事から重大事案すべてにおいて)問題を解決するために、自分の考えている事や情報を周囲に効果的に伝達する能力のことをいいます。)コミュニケーション能力が高い人は、総じて性格いい人が多いのは事実であると思います。

だとすると、「仕事ができる人は、性格がいい人が多い」はず。ではなぜ、「仕事はできるけど、いい人ではない(キツイ)」タイプはどの職場でもいるのでしょうか。

 

仕事においては「いい人=性格の良さ」ではない

 

「仕事をする」とは何か?それは、仕事に関わる全て問題、事柄において「有益な事をする事」と「賢明な判断をする事」の2点に集約されると思います。仕事に関して言えば「賢明な判断」ができる人が「いい人」であり、性格の良さとは種類が異なると考えるべきと思います。

仕事ができない人は「賢明な判断ができない」ので、基本資質として優柔不断であったり、自信が無い人が多いと思います。結果的にその優柔不断さや自信のなさが「いい人」に感じさせているのではないかと思うのです。実際、優柔不断で自信のない人はイラっとするときはありますが、そんなに好感度は低くはないと思います。

仕事ができる「いい人」=「賢明な判断」ができる人
仕事ができない「いい人」=優柔不断で自信の無く、なんとなくいい人そうに見える人

 であるといえるのではないでしょうか。

 

仕事となると、人の良さだけでできるものでは決してなく、厳しく接しなければならないときは多々あります。

なぜ「仕事はできるけど、いい人ではない(キツイ)」タイプはどの職場でもいるのか。それは、本当は性格の優しい仕事はできる人は、仕事の成功のため、あえてキツイタイプを演じるという「賢明な判断」を下した結果なのではないかもしれません。

 

【これも読んでほしい、伝え方のヒント】 

 

 

「交渉の着地点を見つけるのが上手い人」はなぜ上手いのか?それは「最適な論拠」を導き出すのが上手いから。

「話をつける」という言葉があります。これは「交渉を納得できるなように導くさま」、「話し合いを何らかの形で結論に導くさま」といった意味があります。

「交渉の着地点を見つけるのが上手い人」は「話をつけるのが上手い人」と言えるのですが、このような人はなぜ着地点を見つけるのが上手いのか?それは「論拠」というものが関係しているのです。

 

「論拠」とは何か

 

「大辞林 第三版」には「論拠」とは「論証において、ある事実の真偽を判定する根拠となる事柄。」とあります。
ディベートでは「三角ロジック」という、「根拠(データ)」「主張」「論拠」の3つから相手の主張を整理する方法があるそうです。論理的思考の基礎となる考え方であるとも言われています。「三角ロジック」によると、「主張(自分の言いたい事)」とは「根拠(データ)」と、そこから判断された「論拠(主張に至った理由)」によって支えられているのです。

【会話例】仕事がとても忙しい中の昼時の会話
「もうすぐお昼だよ、牛丼が良いね」
「そうしよう」

(個人的に)よくある会話ですが、「もうすぐお昼である」という根拠(データ)が「牛丼が良い」という主張に直接つながる訳ではありません。「三角ロジック」で整理すると上記の会話には以下の理由が隠れています。

【根拠(データ)】「もうすぐお昼だよ」

【論拠(主張に至った理由)】
(今日は忙しくお昼を食べる時間もない)
(忙しいけど、何か食べたい)
(近くの牛丼屋で簡単に済ませれば、時間かからないし空腹も満たせる)

【主張】「牛丼が良いね」
[主張に対する同意]「そうしよう」

「もうすぐお昼」と「牛丼が良い」の間にはその主張に至った理由があります。これが「論拠」です(「行間」という呼び方もある)。ここで注目しなければならないのが「論拠は主張に対して絶対的な理由ではない」ということです。つまり論拠で結論は変わります。

 

たとえば「昼時になった。仕事はとても忙しい」という事実(根拠・データ)があったとして、あなたはどちらをどのように主張するでしょうか。

■主張A:休憩時間を削ってでも仕事を進めるべき
■主張B:休憩時間は削らずきっちり休むべき

2つの主張を三角ロジックで整理すると、以下のようになるかと思います

■主張A
【根 拠】昼時になった。仕事はとても忙しい
【論 拠】とにかく時間が惜しい、早く仕事を終わらせるべきだ
【主 張】「休憩時間を削ってでも仕事を進めるべき」
■主張B
【根 拠】昼時になった。仕事はとても忙しい
【論 拠】メンバーの疲労も考えると無理はさせられない
【主 張】「休憩時間は削らず休むべき」

同じ事実(データ)でも正反対の主張を導くことができます。
論拠をどのように考えるかがとても重要なるのです。

 

自分の考えに同意を得たいならどうするか

 

この「論拠」というものは日常生活で会話に盛り込まれることはなく、省略されることがほとんどです。しかし、状況を察して、即座に最適な主張を出せる人が実際にいます(空気が読める人なんて呼ばれます)。

論拠を周囲や相手の価値観や感情に合わせ、そこから主張を導き出すことで、自分の主張に同意を得やすくしているのです。

そのような人たちは(話をつけるのが上手い人)は「三角ロジック」における最適な「論拠」を導き出すための勘所が良い人であるといえるとのではないかと思います。


では、日々の仕事や日常生活で最適な「論拠」を導き出すためには、どのようにすればよいのでしょうか。それは相手の事をよく知るという事に尽きると思います。相手の近況や価値観を知ることが何より大事であると思うのです。最適な論拠を導き出す力は特別な才能ではなく、普段の何気ないコミュニケーションの中でこそ培われるものであると思うのです。

 

【これも読んでほしい、伝え方のヒント】 

 

 

論理的思考法「演繹法」と「帰納法」

例えば、仕事をする時に大事な事を具体的に聞かれた時、どのように答えるでしょうか。「仕事で大事なことは、コミュニケーションをとりつつ、信頼関係を大切にすることです!」なんて中身のない言葉の羅列で、満足していないでしょうか。

言いたいことの雰囲気は何となく伝わります。雰囲気を伝えるモットーとしては良いですが、具体的な見解が欲しい時に、このような伝え方で終えてしまうと、具体的には伝わりません。「コミュニケーションって何か」「信頼関係って何か」「大切にしている事は、どのような場面で効果を発揮し、逆に発揮できない時は具体的にどういう場面か」等、言葉の意味することを具体的に考えておかないと具体的に伝えることはできないと思います。

 

「発言が薄っぺらい人」は物事を具体的に考える力が欠けています

 

日々の仕事の中「具体的な見解が欲しい場面で、その発言が薄っぺらい、または曖昧な人(以下、「発言が薄っぺらい人」という)」は結構多いと感じます。「発言が薄っぺらい人」と仕事をすると、その薄っぺらい発言を具体的に紐解く作業が発生するので、非常に疲れます。「発言が薄っぺらい人」に「もっと具体的に考えてから物を言ってください」とお願いするもの勇気が必要で、お願いしたから次の瞬間から発言が変わることも難しいです。

「発言が薄っぺらい人」は物事を具体的に考える過程が抜けています。もしあなたがそのような人たちにイラついていたら、せめてあなたはそうならないように日頃から「物事を具体的に考える力=論理的思考力」を鍛えておく必要があると強く思うのです。

当然のことですが、自分の主張の根拠がわかっていなかったり、整理できていないと相手にうまく伝えることはできません。そうならないように日頃から論理思考力を鍛えておきたいものです。

 

論理的思考法には大きく分けて2つあると言われています。

 

ルールや前提や知識をベースに思考する「演繹法」

 

【演繹法とは】

考察のベース(ルール・前提・知識)を、考察したい事例に照らし合わせ必然的な結論や主張を導き出す論理的思考法です。三段論法とも言われます 。
何かを主張・判断しようとする時、人はゼロベースで考える事はしません。すでに何らかの考察のベース(ルール・前提・知識)があれば 、ベースをもとに何らかの主張・判断をしようとします。「既存の知識をベースに新しい事実に対応する」ということが演繹法の基本的な思考法です。

 

[演繹法による証明の例文]

●野菜は栄養がある(大前提)。クレソンは野菜だ(小前提)。だから、クレソンは栄養がある(結論)。
●人間はみな死ぬ。夏目漱石は人間である。夏目漱石はかならず死ぬ。

 

【この思考法で注意すること】

考察のベースとなるルール・前提・知識が何よりも大事になります 。そのベース自体が偏見や誤りがあると誤った結論を導きだしてしまいます。また、持ち出す前提を間違えない事も重要と言えます。

 

【この思考法の鍛え方】

考察のベース(ルール・前提・知識)は正しいかどうか、を疑う姿勢は絶えず持っておく事。そして考察のベースを広げるために知識量を増やすことも大切と言えます。ただ知識を暗記して頭に入れても必要な時、即座に頭から出てくることはありません。知り得た知識を適切なタイミング・形で出せるように、知識一つ一つに対して自分の考えをもっておく必要があります。重要なのは単なる知識量ではなく、自分のものになっている「使える知識量」と言えると思います。

 

数ある事例から思考する「帰納法」

 

【帰納法とは】

多くの事例(サンプル)から、ある共通のルールや類似点をまとめ、結論や主張を導き出す思考法です 。演繹法は適切な大前提さえあれば、ほぼ正しい結論が出てきますが、帰納法というのは複数の結論(推測)が出てきます。 演繹法が知識の引き出しを駆使する力が求められることに対して、帰納法は目の前の事例(サンプル)から新しいものを考察する力が求められる思考法なのです。

 

[帰納法による証明の例文]

● クレソンには栄養がある(サンプルA)、ニンジンには栄養がある(サンプルB)、トマトには栄養がある(サンプルC)、共通項は「野菜」である。野菜には栄養がある(結論)。
● 夏目漱石が死んだ(サンプルA)、芥川龍之介が死んだ(サンプルB)、森鴎外が死んだ(サンプルC)、共通項は「人間」と「死」である。人間はみな死ぬ(結論)。 

 

【この思考法で注意すること】

(白鳥しか見たことが無い人が)「鳥はみんな白い」と論じても、カラスを見せられたらあっけなく論破されます。全事例を網羅するか、それと同等の証明をしない限り、その結論は、ある程度の確率を持った推論に過ぎないという事となってします。しかし現実におきている事象というものを正確かつ全て把握するのは困難です。推論をベースにしつつも、頻繁に見直す作業が重要です。また考察するための事例(サンプル)が適切でなかったり、少ないとそこから導き出された結論は納得感が薄れるので注意したいところ。
なにより、考察する時は「客観的であり、自身の感情と結びつけない」こと。思い込み捨て、サンプルをしっかり取って考察する。これがキモであるといえるでしょう。

 

【この思考法の鍛え方】

帰納法で考えるためには、考えるためのサンプルがある程度なければならないので、多くの事を見聞きする、多くの事例を知ることが重要。考えるための知見のストックを積極的に増やすことが大切と思います。

 

演繹法と帰納法を少し応用して、具体的に考える訓練する

 

自分が言いたい事・思った事をノートの最上段に書き出し、そしてなぜそう考えたのかという根拠を書いていきます。そのように考えた理由が、前例やルールをもとにしたものであれば演繹的に、数ある事例の中からそう考えたのであるなら、帰納的な分析により考察していることになります。

このような訓練をつづけておけば、自然と論理思考力は鍛え上げれるかも。

 

【合わせて読んでほしい、働き方のヒント】

「情報共有」の必要性 良いチーム・良いリーダーの条件とは

「気持よく働けるチーム」とは何でしょうか。それは、情報共有が適切に行われているチームなのではないかと思います。

 

情報共有はなぜ必要か

 

まず実務的な部分で情報共有はとても有効といえます。自身への関連の有無に関わらず、情報が十分にあれば共有されたメンバーは仕事を進める上での判断材料が増えるため、正しい判断がしやすくなり業務が円滑に進める事ができるからです。

しかし情報共有することの必要性は実務的な部分はもちろんのこと、メンバーとの信頼関係構築にあるのではないかと思います。多忙な人には日々の仕事に精一杯打ち込むことが重要であり、情報共有は正直、面倒臭い事であるというのは事実であると思います。情報共有自体には金額的な価値はありません。ですが、情報共有はチームワークの基本中の基本であり、チームを健全に維持するために必要不可欠な事であることを意識しなければならないと思います。

 

情報共有ミスで生じる大きな問題

 

自分から発信すべき情報共有がうまく出来ておらず、ともに仕事をするメンバーから「そんな話は初めて聞いた」なんて言われてしまったことはないでしょうか。そんな時「すみません、大変失礼しました」と、とりあえず謝って、その場で情報共有をすればそれで済むように思う人は少なくないとおもます。しかしそこには大きな問題が生じています。それは、一緒に仕事をする「仲間」としての信頼を失いかねない事をしているという問題です。

情報共有ができていなかった原因は「業務多忙による単純な伝え忘れ」といった大した問題ではないかもしれません。しかし相手が「関知していないところで勝手になにか進んでいる」「自分は疎外されている」というネガティブな感情から信頼が損なわれていくことは十分にあり得ます。情報共有意識が高い人(=仕事ができる人)ほどそのような考えを持つと思います。

情報共有不足が続くとチームへの不信感が大きくなり、次第に「(チームでの話題は)自分には関係ない」という感情が強くなります。同時に、主体的にチームの仕事をする意識は低くなりますので、自分の仕事だけキチンとやっておけばいいやという感情に支配されることになるでしょう。このような心理は伝染しやすく、最終的にチームの空中分解を引き起こしかねません。日々の仕事はトラブルなくできていたとしても、こんなチームで働くのは辛いものです。

 

メンバー同士の情報共有不足は辛いが、情報共有しないリーダーはイタい

 

リーダーはその職責上、チームメンバー、取引先や他部署などさまざまな方面から情報が入ります。積極的に情報開示すれば良いと思うのですが、自身が知り得た情報をメンバーに開示しようとしないリーダーがいるのが多いのが実情です。そんなリーダーは以下のような心理が働いていると思うのです。

●情報共有の大切さを理解しておらず、自分さえ知っていれば良いと思い込んでいる
●情報の整理や理解が出来ず、情報を自分で抱えこみ発信する事ができない
●情報を握りコントロールすることが、リーダーの勝負どころと思っている
●自分の身を守る為、情報開示したくない

情報伝達力の有無や保身、その他さまざまな理由があると思いますが、なにはともあれ情報開示しないリーダーはリーダーとしての能力・信頼感を問われます。
仮に、本来リーダーから知らされるべき情報が、外部から漏れ伝わるような事があった時、知らされるべきメンバーはそのリーダーの下で働く意欲をなくすでしょう。情報の機密性への配慮は必要ですが、メンバーへの情報共有は積極的にすべきで、リーダーとメンバーの信頼関係は情報によって培われるといっても過言ではないとさえ思えます。

 

成果を上げるリーダーは情報の扱いが上手いです。情報を開示してメンバーを「気持ちよく巻き込む」ことができます。

「情報伝達能力・情報の共有化の上手さ」というのは良いリーダーの条件の一つとしてあげる事ができると思うのです。

 

【これも読んでほしい、伝え方のヒント】

 

 

完璧な計画作成というのはなかなか難しい。必要なのは計画が実行されたとき、変わり続ける業務の状況変化のなか、危険予測を意識し続けること

どのような事でも、事を進めるためにまず計画を作ります。
トラブルのない計画を作りたい所ですが、予想外な突発的トラブルが起きる可能性も少なからずあり、完璧な計画作成というのはなかなか難しい事です。計画時にあらゆる危険を予測する事は大事ですが、必要なのは計画が実行されたとき、変わり続ける業務の状況変化のなか、危険予測を意識し続けることです。

 

完璧な計画立案を目指す事より、計画実行後のトラブル予測が重要

 

自動車学校の教習を受けると「危険予測」という言葉を教えてくれます。
[危険予測の一例]
●前の車との距離が近すぎる→前の車が急ブレーキすると追突する危険が予測されるからスピードを落として距離をあけよう。
●見通しの悪い交差点が近づいてきた→急な飛び出しの危険が予測されるから一時停止して安全確認しよう。

ドライバーは事故を未然に防ぐために、起こりうる危険を予測することで事故を起こす事なく、安全に目的地まで行くことができるのです。変わり続ける状況の変化に注意深く対応する事で、事故を起こさず安全に目的地へたどり着くという「危険予測」という考え方は普段の仕事にも有効で、メンバーにその考えを根付かせる事で安定的なチーム運営ができます。

 

トラブル予測とその情報共有で、自身に有利な状況を維持させる

 

完璧と確信した計画でもその通りにいかないのが世の常です。なにかトラブルが起きた時、焦りながらその場しのぎの対応するのは、信用を失います。起こりうる問題を事前に予想し、その対処方法を準備しておくことで、いざ問題が起きたときに、あせることなく正しい対応をする事ができます。計画実行後のトラブル予測とスマートな対応が、相手や周囲に安心感をあたえるだけでなく、自身に有利な状況を維持させる事を可能とさせるのです。


ただ、この危険予測という考え方は度を過ぎると「ただの慎重すぎる人」と思われかねません。危険予測のバランス感覚は、運転と同じように、その人の経験値に頼る所が大きいですが、チームの運営に関して言えば、慎重ぎみの人や楽観ぎみの人、多様な考え方があったほうが、その運営はうまくいくでしょう。

 

【これも読んでほしい、伝え方のヒント】

 

 

 

 

 

 

「責任の所在」という言葉の正しい使い方

何か不祥事が起きた時、「責任の所在」という言葉が出てきます。
不祥事を起こした政治家や会社の経営者の記者会見などでよく耳にします。日々の仕事でも使われる「責任の所在」という言葉、「誰が責任をとるのか」という意味で使われる事がありますが、その使い方は好ましくないと思います。

 

「責任の所在の明確にする」目的は、犯人特定ではなく、原因追求と再発の防止

 

不祥事が起きた時の責任の所在という言葉の意味は「責任=役割を果たせなかった場合の責め」の「所在=存在、場所」→「役割を果たせなかった責めは何(個人・グループ・ルール)が関与していて、原因は何か」だと思います。

ミスが起きた原因を探る過程で、直接的にミスをした人が見つかったとしてもそこで終わらず、ミスをした人がなぜそのミスをしたのかという所に踏み込まなければ原因追求の意味がありません。直接的にミスをしたのはその人でも、その人への指示ミスがあったからかもしれませんし、マニュアルが適切でない可能性もあります。
責任の所在を明確にする目的は、原因究明と再発防止であるべきで、誰に責任を取らせるかを決めることではないと思うのです(誰かに責任を取らせるという事はあくまで手段)。
この事を業務に関わるすべての人が理解していないと、責任の所在を明確にする作業は、犯人探しや責任のなすりつけになってしまい、結局また同じ事が起こる事になってしまうと思います。

 

「責任の所在」は事後と事前で、その言葉の意味合いは大きく変わる


前述は「事後(=不祥事が起きた後)の責任の所在」ですが、「事前の責任の所在」という、「責任=役割を果たすべき事」の「所在=場所、存在」。つまり「果たすべき役割(担当任務)は何か」という意味合いもあると思います。

仕事をする上で、事前に責任の所在を明確にする事は必要不可欠な事です。責任の所在(担当業務)を明確にし、担当者が誰なのかよく分からない業務をなくす事で仕事を円滑に進める事ができると思います。モチベーションの点でも、事前の責任の所在の明確化は重要と思います。理由は簡単で、自分の仕事であるとも思えない仕事に対してプロフェッショナルな仕事はできないと思うからです。
そして、あまり想定はしたくないですが「事後(=不祥事が起きた後)の責任の所在」のためにもはっきりさせておくべき所と思うのです。

 

【あわせて読んでほしい、働き方のヒント】

 

「報・連・相」の腕を上げて、効率的に仕事を進める

日頃忙しい人との丁寧なコミュニケーションは難しい事ですが、できるだけ相手の手間を増やさず、効率的に自分の仕事を片付けていきたいものです。

 

「報・連・相」は、とても気を使うこと

 

以前、一生懸命、丁寧に報告していたら、それが仇となり、結果として相手を苛つかせてしまった経験があります。連絡した相手はとても忙しく、ゆっくり時間を聞いている暇などなかったのです。自分の話を聞いてもらうという事は、相手の時間も奪う事でもあります。1分1秒も惜しい状況下の相手に必要なのは、丁寧な説明ではなく、要領を得た簡潔なメッセージだったのです。
余裕がありそうな人には丁寧にじっくり話を伝えればよい事ですが、しかし、多忙な人には、丁寧な説明は負担となるときがあります。
 
「報・連・相」はポイントを押さえた簡潔な伝え方が肝要
 
1.聞く心構えをさせる

まずは話を聞くための心の準備からしてもらう事が大事です。いきなり本題に入るのではなく、「すぐ終わる話である」印象を相手にもたせる一言を前置きしたり、話の種類(報告・連絡・相談)を最初に伝えることで、聞く人が話の後、どのような返事をすればよいか考えながら聞く事ができます。

 

2.出来るだけ簡潔に話す

そして、できるだけ最小限の話の流れで相手に伝わるよう、話す内容を考えておきましょう。一番言いたい事は、最初の方で伝えることが大切です。

 

3.何をしてもらいたいか伝える(←ここが肝)
相手に何か(判断や行動)してもらわなければいけない場合は、あらかじめ考えておいた「選択肢」を伝え、相手にはその選択または助言のみしてもらうようにすれば、相手の負担が減るばかりでなく、話がまとまった後の仕事の進め方がやりやすくなると思うのです。
 
【これも読んでほしい、伝え方のヒント】