働き方のヒント

いまいち自分の頑張りが報われていない気がしている人へ。そのストレスの解消の一助を考察しています

「予見可能性」と「回避可能性」という視点で、ミスした人に公平な視点で指導する

法律的観点から見ると、交通社会は「信頼の原則の上に成り立っています

 

普段なにげなく接している交通社会ですが、仮に運転者が勝手に右車線で走り出したり、高速道路を歩行者が勝手に横断したらどうなるでしょうか。あたりまえですが、事故が起こりやすい非常な危険な状況になります。
人であふれた渋谷のスクランブル交差点を減速せず車で通過できるのは、運転者が「歩行者みんなが〝歩行者信号が赤=横断しない〟という交通ルールを守ってくれるから、道路に侵入することはない」と信頼しているからです。もしルールを守ってくれるか信用できないのであれば、危なくて通過できないどころか、車の運転なんてできなくなります。
実際は危険な交通ルール違反をする人は極めて少なく、安全に運転や歩行する事が可能な今日の交通社会ですが、それは道を行き交う人たちがお互いに「みんなが交通ルールを守って行動してくれる」という信頼もっているからなのです。これを法律用語で「信頼の原則」といいます。

 

普段の仕事も「信頼の原則」の上に成り立っています

 

仕事と交通社会は似ていて、案件に関わる人がそれぞれの役割をしっかり果たしてくれるという信頼があるからこそ目標に向かって自分の仕事に集中できる訳で、何をするかわからないような人が関わっていたらどんなミス(事故)があるかわからないし、安全に目標に向かうなんてことはできなくなります。

 

仕事と似た性質をもつ交通社会で「事故った」時、どうなる

 

「信頼の原則」で成り立つ交通社会ですが、当然事故は起きます。そのとき重要になるのが「どこに過失(責任)があるか?」という判断です。簡単にいうと「誰がどれくらい悪いか」という事です。これにより損害賠償義務の発生や、慰謝料の支払額が決まります。「どっちが悪いとか、誰かを犯人扱いするつもりはない。信頼関係を大事にすべき。だって交通社会は「信頼の原則」で成り立っているんだから」なんて言ってくれる優しい被害者はごく稀です。

交通事故が起きた時、被疑者に問われるのが…

1.「予見可能性(交通事故が発生するような動作、相手の動きを予想できたか)」の有無。

予見可能性がないこと認められたら(不測の事態など)、被疑者は責めを負う必要なし。
もし予見可能性があったと認めれれたら…

2.「回避可能性(事故を回避できる可能性があったかどうか)」の有無。

回避可能性が認められたら
回避義務を問われ…

3.「注意義務違反(過失)=よく注意しなかった君が、幾らか悪い」

という判定になります。

仮に一方が交通ルールを守っていても、その行動に予見可能性が認められれば、ルールを守っていた方も過失を問われます。ルールさえ守っていればいい訳でもないのです。

 

仕事で「事故(ミス)った」起きた時、どうするか

 

仕事に置き換えるとどうなるか。ミスをしたと思われる人(ここではあえて「被疑者」と呼ぶ)に問うことは、

1.「予見可能性(ミスが発生するような動作、相手の動きを予想できたか)」の有無

予見可能性がないことが認められたら(不測の事態など)、被疑者は責めを負う必要なし。
もし予見可能性があったと認めれれたら…

2.「回避可能性(ミスを回避できる可能性があったかどうか)」の有無。

回避可能性が認められたら、
回避義務を問われ…

3.よく注意しなかった君が、幾らか悪い(注意義務違反)

という判定になります。

 

ミスが起きた時、原因調査や注意喚起は、やり方を間違えると信頼関係に傷がついてしまう可能性もあります。注意喚起をする人が公平な目線で注意しないなんてこともよくある話であると思います。

しかし「予見可能性」→「回避可能性」という視点で注意や指導をするようにすれば、当事者の視点を中心とした公平で客観的な調査ができ、相手も納得の指導ができます。

 

 ちなみに、交通社会では過失の割合が「10対0」、つまり片方が一方的に悪いというパターンは少ないそうで、双方が何らかの過失があって事故が起きたという結論に至るのがほとんどだそうです。

日々の仕事も、関わる全ての人が事故を起こさないよう「予見可能性(状況によってミスが起こりうる可能性を最大限に察知すること)」や「回避可能性(ミスが起きそうな時、被害が最小限になる努力をすること)」を意識しながら仕事をすれば、致命的な重大ミスは少なくなることでしょう。

 

【合わせて読んでほしい、伝え方にヒント】